AIで、何でも作れる時代
日々、AIでいろんなものが作られています。
ウェブサイト。
プレゼン資料。
文章。画像。動画。
私も毎日使っています。
そんな中で、最近、「確かにな」と思うAI時代のブランディングについて書かれた記事をXで読みました。
その中で紹介されていた研究によると、2022年以降に新しく公開されたウェブサイトの約35%が、AIもしくはAI支援によって作られていたそうです。
さらに興味深かったのが、AI生成のウェブサイトは、人間が書いたものよりも、ポジティブ感情スコアが約107%高かったという点です。
つまり、AIが書く文章って、すごく感じがいい、と。
明るくて、前向きで、角がなくて、読みやすい。当たり障りがなく、いい感じ。
そして同時に、意味類似性スコアも約33%高かったらしいのです。
文体というより、考え方そのものが似ていく、ということだそう。
「とても感じが良く、でもなんかみんな同じ。」ということか。
これを読んだ時に、すごく考えさせられました。
AIで感じのいい平均値に収束していく
AIって、基本的には「合理的によさそうなもの」を出してくれます。
感じがよくて、伝わりやすくて、炎上しにくくて、整理されていて、スッと読める。
だから、日々の発信や広報の中で使えば使うほど、自然と「感じのいい平均値」に近づいていくんだと思います。
それが悪いわけではないんです。だっていい感じなんだもん。
でも、その積み重ねの先に、オリジナリティや思想、言葉の引っかかりみたいなものが、少しずつ薄まっていく可能性はあるんだろうなと思いました。
記事の中では、北米のインディー系コーヒーショップの研究も紹介されていました。
個人経営で、独自性を大事にしているはずのカフェたち。
でも実際に調査してみると、むき出しのレンガ壁、黒板メニュー、ヴィンテージ家具、観葉植物など、かなり似たような要素が並んでいたそうです。
つまり、それぞれが「よさそう」と思うものを合理的に選んでいった結果、全体としては似通っていく。
これは、AI時代の発信やブランディングにも起きていることなのかもしれません。
PLASが「あえてやらない」と決めていること
これって、NPOの広報にもすごく関係する話だなと思いました。
PLASでも、ブランドとして「あえてやらないこと」を大切にしています。
たとえば、
子どもを、一方的に「かわいそうな存在」として描かない。
支援者をヒーロー化しないこと。
現地の人たちを受け身に描かないこと。
短期成果だけを強調しすぎないこと。
数字だけで語らないこと。
そして、わかりやすくしすぎて、複雑さを消さないこと。
どれも、合理的に考えたら、もっとシンプルに伝えた方が広がりやすいのかもしれません。
「あなたの寄付が子どもたちの命を救います」
そう言った方が、共感されやすい場面もあるのかもしれません。
でも、私たちはそういう言い方を、基本的にはしません。
なぜなら、支援を受ける人たち自身にも、意思や力があると思っているからです。
人生を切り拓く力があり、それを選ぶ主体性がある。
だからこそ、外部からの支援が意味を持つ。
その関係性を、「助ける人」と「助けられる人」という単純な構図にしたくない。
そういう考え方を、20年間積み重ねてきました。
ブランドは「やらないこと」の積み重ね
記事の中に、
「ブランドとは、合理的に考えたらやった方がいいけれど、あえてやっていないことの積み重ね」という言葉がありました。
本当にそうだなと思います。
AIは、合理的な提案をたくさんしてくれる。正解っぽくみえる。
でも、その提案を全部そのまま受け入れていくと、「私たちらしさ」は少しずつ薄れていく。
だからこそ、
「私たちらしくないからやらない」と決める力が、これからの時代にはますます大事になる気がしています。
AIを使うか使わないか、ではないんですよね。
たぶん、みんな使うようになる。
だからこそ、その中で、「何をあえてやらないのか」に人間や組織の思想が現れるんだと思います。
AI時代だからこそ、何を効率化し、何を残すのか
何を分かりやすくし、何をあえて単純化しないのか。
PLASでの実践を通じて、これからも考えていきたいと思います。
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おっしゃる通りです〜