門田瑠衣子|もんだるいこ
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子どもの「やりたい」は、子どものもの
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子どもの「やりたい」は、子どものもの

今日はお休みなので、ゆるい子育ての話です。

私は4人の男の子を育てています。

中1、小5、小3、保育園の年中さん。

毎日、にぎやかです。

そんな中、今日、小3の三男が習い事を辞めることになりました。

あんなに好きだったのに

三男はサッカーが大好きです。

去年の4月から学校のサッカー部に入り、週2回練習していました。

それでも足りなくて、

「もっとサッカーしたい」

「クラブチームにも入りたい」

と言い続けていました。

いきなり両方は大変そうだったので、まずはサッカー部だけ。

それでも気持ちが変わらなかったので、今年の1月からクラブチームにも入りました。

サッカーの日は、前日からうれしそうでした。

「明日サッカーだから準備する!」

そんな感じで、本当に楽しみにしていました。

急に「行かない」

今日、学校から帰ってきた三男が言いました。

「今日はサッカー行かない」

「なんで?」

と聞くと、

「1時間半もサッカーすると疲れちゃうから」

とのこと。

なので、

「だったら辞めてもいいんだよ」

と伝えました。

すると、

「じゃあ辞める」

と。

え、そうなの?

とは思いました。

あんなに楽しみにしていたのに。

一応、

「一回辞めたら、簡単には戻れないよ」

とは話しました。

それでも本人の気持ちは固そうでした。

何か嫌なことがあったのかとも思いましたが、話を聞くと、理由はシンプルでした。

疲れる。

自由に遊びたい。

そういうことみたいです。

親の中の「せっかく」が出てきます

正直、私の中に出てきたのは、

「せっかく始めたのに」

「もう少し続けたらいいのでは」

「途中で辞めるのはどうなんだろう」

こういう気持ちです。

でも、考えてみると変なんですよね。

サッカーをやりたいと言ったのは本人です。

私は、やらせたかったわけではありません。

それなのに、辞めるとなった瞬間、私のほうが少し残念に思っている。

親って、こういうところがありますよね。

親の願望を乗せすぎない

気をつけたいのは、親の願望を子どもに乗せすぎないことです。

最初は子どもが「やりたい」と言ったことでも、途中から親の期待が乗ることがあります。

「せっかく始めたんだから」

「周りの子もやっているし」

「ここで辞めたら諦め癖がつくかも」

そう思う気持ちはわかります。

でも、それが強くなりすぎると、子どもの「やりたい」が、親の「やらせたい」に変わってしまいます。

子どもは親の顔を見ます。

親が喜ぶなら続ける。

親をがっかりさせたくないから続ける。

そうなると、自分が本当はどうしたいのか、わからなくなってしまいます。

それは1番避けたいことなんです。

辞めることにも意味がある

習い事は、続けることに価値があるように見えます。

もちろん、続けることで得られるものはあります。

でも、辞めることにも意味があります。

やってみたからこそ、

「自分には合わない」

「今は自由に遊びたい」

「思っていたのと違った」

とわかることがあります。

辞めることは失敗ではありません。

自分の感覚に気づけたなら、それも大事な経験です。

子どもの選択を奪わない

東京にいると、習い事のプレッシャーもあります。

周りの子は、だいたい何かしらやっています。

英語、スイミング、サッカー、塾。

何もしていないと、親のほうが少し焦ると言う話をよく聞きます。

でも、そこに引っ張られすぎなくていいかなと思っています。

毎日元気に過ごしている。

機嫌よく過ごしている。

自分で選べる。

辞めることも、自分で決められる。

それで十分なのではないでしょうか。

子どもの「やりたい」は、子どものもの。

子どもの「辞めたい」も、子どものもの。

親は環境を用意して、相談に乗って、必要なら応援する。

でも、最後に決めるのは本人です。

親の意思を、子どもに乗り移らせない。

今日あらためて、そこは大事にしたいなと思いました。

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